マリン君マルチ商法脱会顛末記       本文提供-Yのおじさん 様

 

 真っ黒に日焼けして10日間の北海道湿原巡りから帰ってみると、我が愛しの甥、マリン君(20歳・学生)は青年の通過儀礼ともいうべき甘い罠、マルチ商法にどっぷりとはまりこんでいたのだった。以下はマルチ商法に洗脳されたマリン君が退会に至るまでの顛末記である。

 

1.謎の女、居座る

  私の北海道出発(8月4日)と前後して、彼も東京にいる高校時代の同級生、ゾーエン君に会いに行ったのは知っていた。出発前に小遣いをやりたかったのだが、あいにくこっちも旅費は十分ではなく、貧乏旅行を覚悟していたので渡せずじまいだった。

  北海道から帰った翌日(8月14日)、姉夫婦が自宅に来て、マリン君が9日、得体の知れない若い娘と東京から一緒に帰り、ずっと家に泊まり込んでいるので迷惑しているという話をした。

  彼女の名はユーミン、19歳で、本籍熊本県、現住所は茨城県の元バスガイドだった。ゾーエン君の友人として、遊びと仕事をかねて一緒にこちらに来たそうだ。私は直接会っていないが、姉によるとコンパニオンでも似合いそうな話のうまい娘だったそうである。

 姉の旦那は息子のガールフレンドと信じ、カラオケに連れて行ったり、船に乗せたり、ビールを飲ませたりと歓待したというが、男親としてそれも無理のない話である。

 ユーミンの話からマリン君の両親は彼女の仕事がネズミ講ではないかと心配し、息子もそれに加入しているということに薄々気がついていたらしいが、どう対処していいか困っていた。14日の夜もマリン君はユーミンと2人で、県庁所在地のマリン君の同級生、ブリジットさんをマルチへ勧誘するために行っていたのだった。

  ユーミンは結局、16日までマリン君宅に居候し、17日に県庁所在地を観光した後、18日に茨城へ帰って行った。

  私はマリン君が自宅に帰ってから連絡を取り、15日の昼12時頃に私の自宅にユーミンには内緒で一人で来る、という約束を取り付けた。

 

2.怪しい企業Club It's 

 お昼になってもマリン君がやってこないので12時半に彼の携帯に電話をしたところ、寝ぼけた声が向こうから聞こえてきた。待っている旨伝えると1時過ぎにやっと家に来たので近所のラーメン屋に昼飯を食いに行った。 

  昨日、来るときに資料を持ってくるように言っておいたので、マリン君は手提げ袋にビデオテープやパンフレットなど、いろいろな資料を持って来た。

  マリン君は東京にいた8月4日、5日の2日間、ゾーエン君とその友人、ユーミンと3人で直接、新宿の会社に行って説明会に参加し、会員登録をしたという。従って入会日は8月5日である。

  マリン君が会員登録したのは「Club It's」といって株式会社プレスティージ(本社新宿)の子会社だった。組織の代表は澤田聖二。パンフレットによるとその活動主旨は「人と人とのつながりを大切にし、21世紀最大のテーマである人と地球にやさしい社会づくりを考え、私たち一人一人が健康的で豊かな生活環境を追求できる、国際的で最先端な情報を提供し、その主旨に適った販売活動を行います。」と、立派な文言が記されてあった。

  そして、会員になると、栄養補助食品「It'sドリンク」を毎月定期的に購入できるという。「国際的で最先端な情報」で作られたドリンクの成分は、アップルフェノン、田七人参、ローヤルゼリー他となっていた。要するにオロナミンCに毛が生えたようなものである。

  ここまでのところでは何の変哲もないありふれた栄養食品の販売会社のように思える。月々定期的に栄養ドリンクを購入し、健康のために良いと信じ自分がそれを飲むだけの話である。

  それにしてもいくらアパート生活をしているとはいえ、マリン君がそのような栄養補助ドリンクを飲まないといけないような健康状態だとはとても思えないが……。

 

3.マリン君のニュービジネス

 マリン君は私の前でかなり緊張しているようだった。が、私としては頭ごなしに彼や彼の”友人”ユーミンやその”仕事”について批判したり、説教したりするつもりはなかった。まずはマリン君から詳細な情報を聞き出し、彼とその”仕事”について正確に理解することから始めた。

  まず始めに、東京で8月5日、会員登録したときの費用について説明を聞いた。彼によると会員になるために登録料3,000円と初回購入代金として16,800円の計19,800円を現金で支払ったという。(これは後で事実と違うことがわかった)ドリンク1箱10本入りなので1本あたりなんと1,680円なのだ。さぞかし健康にいいものと思われる。そして、翌月から毎月、入会日の前日(つまり9月4日)までに16,800円をプレスティージの口座に振り込む仕組みになっている。つまり年間に20万以上のお金を会社に支払うわけである。マリン君はアルバイトして払うと言っていたが、学生の身分で毎月2万円近い出費は大変である。

 ふつうのビジネスであれば 商品を購入し、それに利益を付けて販売し収入を得るわけだが、マリン君のニュービジネスでは販売行為はどういうわけか全くないのである。その理由については以下に詳述する。

 

4.金の亡者にへんし〜ん

 Club It'sのシステムは一定額の金銭を支出する加入者が無限に増加するものであるとして、先に加入したものが先順位者、以下これに連鎖して段階的に2以上の倍率を持って増加する後続の加入者がそれぞれの段階に応じた後順位者となり、順次、先順位者が後順位者の支出する金銭(商品の購入という形式を取る)から自己の支出した額を上回る額の金銭を受領することを内容とする金銭配当組織である。つまりこれはれっきとした「マルチ(まがい)商法」に他ならない。

  ここでは商品を販売することが目的ではなく、販売というありふれた商行為を隠れ蓑に友人・知人をマルチ商法のピラミッドの下に組み込んでいき、ラウンドボーナスなどの金銭配当を得ることが目的なのである。マリン君の先順位者、つまり勧誘した人物は友人のゾーエン君であり、ゾーエン君は大学の友人から勧誘を受けたという。

  ユーミンがこっちに来た目的も半分は確かに観光であるが、後半分はマルチ商法の新規会員を獲得するためだということがここでわかる。おそらくユーミンはゾーエン君の先順位者の位置におりマリン君が彼の友人を組織に引き込めば最もおいしい思いをするのが彼女であろう。ユーミンはマルチで食っているプロということになる。

 フルラウンドとは自分の下に計80人の会員を組織できれば、何もしなくても最高月3回、10万円づつの不労所得が転がり込んでくるというシステムであり、マリン君ならずとも誰しも簡単に「金の亡者」に変身してしまうというものだ。しかも、自分だけでなく、後順位者がまた金の亡者となり次々と新規に会員を勧誘するので、本社のコンピュータ管理により自分のポイントは労せず増加し、還元金(ミッション)は220万、340万、660万も夢ではない、という。

  ちなみに勧誘した人一人につきファーストボーナスとして1,500円が還元される。ただし、ファーストボーナスは累計が1万円以上にならないと還元されず、しかも1件につき事務手数料として800円を差し引くというのだから結局紹介1件につき700円にしかならない。

 

5.バイナリーシステムの落とし穴

 金の亡者となったマリン君は、私にバイナリーシステムとかポイントボリュームとかラウンドボーナスとかカタカナ語を多用し、図解入りで詳しく説明してくれたが、正直言って金銭配当のややこしいシステムをよく勉強したなと感心したほどだった。そして、これが今までにないニュービジネスであり、ねずみ講やマルチ商法ではないと力説したのだった。

 

                  自分(ディストリビューター

                L (関東)      R(地元)

  

 

+6  +6  

1万円       

 +2万

                      計10  計10                 計3万円

 

+10      +10

+3万

                   計20      計20               計6万円            

 

+20       +20

+4万

 

                  計40人      計40人                           計10万円            

 

 

 

 

          図1 フルラウンドシステム(フルラウンド1回10万円)

 

 

  バイナリーシステムとはマーケティングシステムの一つで、一人のディストリビューター(図1の自分)からの系列を2人に限定し、左右の売り上げが共に一定額に達した時にボーナスが発生するのが最大の特徴である。この場合、何代下の業績でも自分の収入に反映される。

 上図を見てわかるように、ラインがL(左)とR(右)に分かれている。マリン君は東京で会員登録をしたのでLは関東地方となり、Rは地元になるとのことである。つまりマリン君は、地元で会員獲得を図ると同時に一方、関東でも会員獲得を図らねばならない。忙しいことである。この時点でマリン君はすでに地元で2名の会員をがんばって獲得していた。関東での戦略を訪ねると、自分の関東の先順位者が会員を獲得し、自分の下に付けてくれるという。関東の先順位者とはゾーエン君やユーミンを指すと思われる。毎月16,800円を支払うわけだから、元を取ろうと思うと少なくとも関東で10人、地元で10人の計20人の後順位者をマリン君は獲得しなければならないのである。しかもどちらも10人を欠けてはいけない。

 もうひとつここで注意しなければならないことは、左右のラインの少ないラインが基準となることである。たとえマリン君が地元で40人獲得しても、関東で4人しか会員獲得ができなければラウンドボーナスは1万円にしかならない。まことに巧妙な仕組みと言わざるを得ない。

 

6.マリン君のリクルート(勧誘)活動

  すっかりマルチ商法に洗脳されたマリン君は、東京から帰るやいなやユーミンと一緒に積極的なリクルート活動を開始した。

 9日には喫茶店でユーミンと一緒にダイコク君とイナバ君に会っている。2人はマリン君の高校時代の同級生で、現在は大学生である。翌日の10日、4人で再会し、両名は契約書面にサインをして負担金19,800円をマリン君に支払った。

 この時、後で判明するのだが、マリン君は重大な過失を犯している。マルチまがい商法といえども訪問販売法でいうところの連鎖販売取引の規制を受けている。

 

              @不適正勧誘等の防止

       A書面の交付義務

       B20日間のクーリングオフ制度の告知

 

 A書面の交付義務の書面とは「概要書面」と「契約書面」である。概要書面とは「Club  Itsのご案内」というパンフレットが該当し、それには会社概要やクーリングオフ制度の説明、訪問販売法に定められた禁止行為、金銭配当システムの説明などが記載されている。

  マリン君は勧誘に際し2人に概要書面を渡さず、また、20日間のクーリングオフ制度についても全く説明していなかった。これらは訪問販売法(第14条)で定められた禁止行為に当たり、上記のパンフレットにも会員がこのビジネスを行う場合の注意事項として明記してあるのである。

 この二人以外にもマリン君は驚くべき積極的なビジネス活動を展開しており、リクルート活動をしたものの賢明にも断った人は先に挙げた県庁所在地のブリジットさんを含め5名にのぼる。

この5名の内訳は、学生が2人、フリーターが1人、後の2人は自衛隊員である。

 98年5月、自衛隊内部でもマルチ商法(アムウエイ)汚染が広がっていたことが発覚し、ただ入会していただけということでも処分を受けている。もしも、自衛隊員がマルチで報酬を受け取ったとすると、国家公務員法違反(兼業禁止)として最悪の場合、免職は免れないだろう。

 前述したように、マリン君の友人の自衛隊員は、幸いにしてマルチが防衛庁の内規違反になることを知っており勧誘を断ったが、もし万が一加入して、還元金を得ていたとしたなら、その自衛隊員は一生を棒に振ることになっただろう。マリン君のニュービジネスが、友人の人生を大きく狂わせるという取り返しのつかない事態になったかもしれない。

 

7.おじさんの説得

 ニュービジネスについて私に説明している時のマリン君は確信に満ち、日頃の彼からは想像もできないくらい積極的だった。目つきも変わり、金の亡者と化したマリン君を説得し退会させることは容易ではなさそうである。

 私は自分の持っているマルチ商法、ねずみ講等の知識を総動員してマリン君の目を覚まさせるよう説得にかかった。

 ねずみ講並びにマルチ商法等の最大の欺瞞は、新規に加入する会員の数は有限であるにもかかわらず、さも無限に会員が増加するかのような幻想の上に成り立っていることである。

 毎日一人が一人を勧誘すると考えると10日で512人、20日で52万4288人、28日で日本人口をオーバーして1億3421万7728人となる。人間の数は有限であり、しかも必ず全員が加入するわけではないし、途中で退会する人もいる。

 従って、マルチ商法等で利益を得る人間は最初に始めた人間を含め、上層のごく一部の人間であり、ダウンライン(階層)の大部分を占める後順位者はお金を取られるだけで儲けはないのである。

  次に問題なのは、上記に関連して後発のマリン君が、自分だけ被害を受ければ人に迷惑をかけることはない。欲に目がくらんだ自業自得というものである。しかし、マルチシステムの恐ろしいところは自分の知人・友人を巻き込んで行くところである。

 ここで会社概要を思い出してほしい。「人と人とのつながりを大切にし…」云々となっているが、マルチ商法はまさに人と人とのつながりを利用して自己増殖していく化け物に他ならない。友人を勧誘すればそれはもはや友人ではなくビジネス上の単なる顧客関係となるのであり、友人というつながりは断ち消えてしまう。結果、自己の利益追求に固執することによって皮肉にも信頼関係はなくなり、かけがえのない友を失って行くのである。

 また、勧誘され会員となった友人を含め、マルチ商法にはまった人は被害者であると同時に他の人を勧誘することによって加害者ともなるのである。

  以上のような私の様々な説得にも、残念ながら全く反応を示さないマリン君であった。次に私は、オウム信者のようにマインドコントロールされているマリン君の目を覚まさせる最後の手段として身近で具体的な例を挙げ、彼の情に訴えた。

  「お父さんとお母さんを見てごらん。朝早くから夜遅くまで働いて自分たちを育て、学校に行かせてくれたでしょう。お金をもうけるとは額に汗して働くことだ。目を覚ませマリン!」と。

  しかし、マリン君の表情は変わらず、心はあくまでも頑なであった。私が今まで話したことの感想を聞くと「そういう考え方もあると思った」という極めて醒めた反応しか返ってこなかった。

  ところで、私はマリン君を説得する中で「違法」という言葉を何回か使った。マルチ商法が即違法ということではないが公序良俗に反していることは明らかである。マリン君にとって私は単なる”おじさん”であって、商取引の専門家でもなく、法律の専門家でもない。従って金の亡者と化した彼にとって私の意見など聞く価値のないものであった。私は消費者問題の専門家との相談をマリン君に勧めた。「違法」という脅し文句が効いたせいか、マリン君は明日16日、一人で県庁所在地の「県消費者センター」に行って相談することを約束してくれた。

  私は早速、県警勤めのポーリンに連絡し、センターの所在地を聞きマリン君に伝えた。

 

8.情報収集

 何はともあれ、マリン君を説得するためには彼のニュービジネスの矛盾点や欺瞞性を明らかにし、しかも、しっかりした根拠に基づいた理論武装が必要となる。私の知識と経験による今までの説得では、彼の確信犯的不労所得妄想を多少揺らがせることはできたが、目を覚まさせ、退会させるまでには至らなかったのである。

  こういう場合、まずすべきことは情報収集である。マルチ商法とは何か、ねずみ講とは何か、その問題点は何か、訪問販売法とは何か、Club It'sの正体などなど早急に情報を得なければならない。

  私は早速、本屋に向かい関連する本を探した。と同時にインターネットの検索エンジンを使いマルチ商法についてのホームページをネットサーフィンした。また、県警のポーリンに頼み、Club It'sが県警防犯課の生活相談の事例としてあるのかどうかを調べてもらうことにした。(これは後日、空振りであることがわかった)

  本屋での収穫は乏しかったが、『消費者取引判例ガイド』有斐閣、『アムウェイビジネスへの大いなる疑問』あっぷる出版社、『悪徳商法』一橋出版の3冊をゲット。後者は様々な事例をわかりやすく漫画にしたもので、後日、マリン君に勧めた。(読んだかどうかはわからない)

  インターネットは最新の情報をリアルにゲットできるので大変便利であり、ヒット件数1,363件とさすがにマルチ商法の情報は豊富だ。それだけ社会的問題となっていることの表れだろう。中にはマルチ商法を煽るようなホームページもあり、無視する。

 各県の消費者(生活)センター、警察のホームページなどはマルチ商法の餌食になりやすい若者にしきりに警鐘を鳴らしている。が、内容は秘密保持のためか具体的事例に欠け、極めて貧相であった。

  そのような中で個人のホームページ「マルチ商法相談所」は情報が豊富で多岐に渡り、生の被害者の声が掲示されており大変参考になった。

 

9.マルチ商法の経験者は語る

 上記ホームページのご意見コーナーには24歳の男性からの投稿がある。それによると男性は友人に誘われ、マルチ商法と知りつつあるビジネスに入会したが、このホームページを見て脱会を決意したという。

 男性は経験者の立場から「確かに他人のことを考えない上の人は儲かります。でも、それ以降の人たちは確実に時間とお金と友人と信頼を失います。友人との関係を崩さない方法は、ただ一つ、友人を誘わないことです。」と訴えている。

  そして、マルチに誘う友人について「その友人はあなたをだまそうと思っていなくても、その友人本人が気づいていないだけで、知らず知らずの内にだましているだけなのです。」と、マルチ商法が内在する悪質性、残酷性を指摘している。

  また、「友達を誘うということは、その時点でその人とは友人関係が終わりになります。」と、人間関係の崩壊をもたらすことの恐ろしさを繰り返し述べている。

  最後に男性は、「やってみてわかったのですが、今は罪悪感で一杯です。もし、それでも自分はやると決めた人がいるなら、その人は本当の友人がいない人か、現実から逃げている人だけです。」と反省を込めて締めくくっている。

   この投稿は多くのことを考えさせられる。まず第1に、マルチと言っても確実に儲かる場合もあると言うことである。上記男性の場合、彼の住んでいる所では、まだ話があまり広まっておらず、ピラミッドの上から5番目という好位置にいたという。

 マルチ商法関係の雑誌を見ると、平均月収160万(36歳)とか500万(24歳)とかで、車はベンツに乗っている人たちの成功例が少なからず掲載されているので驚く。(もっともごく一部の成功例を挙げているにすぎないと思うが)

   どのような職種にしても成功する人もいれば失敗する人もいるわけで、本人のやる気と能力に依るところが大きい。マルチ商法で成功する人たちは、やはり人の組織作りがうまい人たちと言うべきだろう。

  このように考えてくるとマリン君は、県内では多分ラインの上位だろうし、うまくやればかなりの収入を得ることができたかもしれない。必ずどこかで破綻する無限連鎖講といっても、一部の人間のように勝ち逃げすることは可能である。

  マリン君は多分、これらのことは十分理解していたのかもしれない。それゆえマルチ商法の危険性について私が口を酸っぱくして説明しても耳を貸さなかったのだろう。

  上記男性はいみじくも「他人のことは考えない上の人は儲かる」と言っている。マリン君としては自分とその友達も今ならまだ上のラインにいるので儲けることができる、今こそビジネスチャンスだ、自分の知らない他の人たちが犠牲になろうと自分たちさえおいしい思いをすればいいのだ、と考えていたとしても不思議はない。残念ながら事実そうであった。

 

10.他人を犠牲にした虚業

 第2に、マルチ商法はいかに正当化しても、本質は他人の犠牲の上に成り立つ虚業であることに間違いない。

  世の中の仕事にはいろいろあるが、何らかの形でどれも社会的ニーズに添っているといえる。つまり、需要と供給の関係が成り立っているのである。

 ところがマルチの場合、一応、流通産業の販売もしくはサービス事業にあたるが、それも単なる隠れ蓑にすぎず、実体はネズミ講的な金銭配当組織であるということはすでに記した通りである

 マルチの扱っている商品構成を見るとClub It'sが扱っているような栄養補助食品を始め健康機器、浄水器、寝具、美容機器、下着、化粧品、家庭用品などで、何もわざわざ高い会費を払って会員にならなくても欲しければ近所で買えるようなものばかりである。

  マルチ商法の場合、商品はあくまでも2次的なもので、”人間狩り”がその目的である。人間誰しも欲があるが、そういう欲と無知につけ込んだ狡猾な商法がマルチ商法の正体である。

 世の中でいわゆる”仕事”というものには様々のものがあるが、仕事の要素としての大切な部分、社会に対する貢献、つまり社会の発展に寄与するという意味では、全く反していると言わざるを得ない。消費者が本当に必要としている商品を作るわけでもなく、本当の意味での販売行為をするわけでもない。単に他人を勧誘することだけがお金になるというのは、社会性を持つ仕事を実業と呼べば、非生産的な「虚業」という名がふさわしい。

 しかもマルチ商法は、他人の犠牲の上に成り立つインチキ商売である。他人に損害を与えることがわかってする仕事とは立派な詐欺であり、犯罪行為である。社会にとって害悪以外の何ものでもない。

  Club It'sは、そのような後ろめたさからと社会の目をごまかすために《セーフティー・アース基金》とやらを設け、パンフレットの最後に次のように載せている。

 

      限りなく続いてゆく明日と、美しい地球、そして新しい時代を生きる子供たちの   ために、Club It'sでは『It's』の売上金の一部を、社会貢献、国際貢献に役立て   る《セーフティー・アース基金》を設立しています。

   Club It'sの未来へ向けての取り組み、それは、皆さんひとりひとりの力が、人と   地球にやさしい社会づくりを応援するための第一歩となって生かされています。

 

 マルチ商法の会社は関係雑誌によると現在、日本に350社もある。このような会社がはびこり、多くの若者が欲に駆られ、不労所得で生活している今の世の中は正に世紀末と言えるだろう。

 

11.県消費者センター

 16日の夕方、消費者センターから帰ったマリン君は姉と共に私の家に来た。マリン君は彼のニュービジネスが合法かどうかを第3者の公共機関に判定してもらうために県庁所在地に行った。従って、その結果如何ではマルチ商法から脱会するだろうし、また、反対にますます元気付いてビジネスに精を出すだろう。

 昨日の情報収集で、マルチ商法が訪問販売法に規定されてはいるが、合法的なビジネスであると知った私は、マリン君の報告が期待できないものであると察しがついていた。

 マリン君の報告によると、16日、午後2時頃から1時間、消費者センターのクーポンさんという女性相談員と面談した。Club It'sの資料を見せて一通りの説明をした。相談員の回答は「これはねずみ講ではない。マルチ商法ではないがマルチまがいの商法である。だから法律には引っかからない」というものであったという。

 また、マルチ商法に対する苦情の有無について聞くと、やはり秘密保持のためか教えてくれなかったらしい。

 私は後日(18日)、直接、消費者センターの相談員に電話をし、その時の相談内容について尋ねた。相談員の話によるとマリン君ははじめから「僕はセンターの人が何を言ってもきかないぞ」という目つきだったという。以下は担当した相談員の話である。

  「最初に『これはねずみ講ですか』と聞いたので『ねずみ講ではないので違法ではない。しかし、流通形態は同じなので問題が起こりやすい。結論的にはやめた方がいい。』と退会を勧めた。マルチに入っている人は業者の情報に染まっているので『やめなさい』と言ってもやめないのが普通。また、マルチで本人が相談に来ることはあまりない。心配した家族や友人が来ることが多い。マリン君は『おじさんが反対している』と言っていた。

 マルチのような連鎖販売取引は『これを飲むとアトピーが治った例がある』とか『健康によい』などと効能を強調すれば薬事法違反で違法になる。

  マルチ商法から脱退するケースは、本人が借金がかさんでサラ金に首を突っ込みどうしようもなくなった時か、友達を誘って友達からの恨み辛みで友達関係を失った時ぐらいだ。」

  相談員の話からも、一端マルチ商法にはまった若者を救い出すことは容易ではないことがわかる。マリン君の場合も帰る時、全く納得した様子ではなかったという。

  また、ここでマリン君は「自分はフリーターです」と、相談員に事実と違うことを言っていたことも判明した。

 

12.ねずみ講とマルチ商法

  ここまでのところでねずみ講とかマルチ商法、マルチまがい商法とか紛らわしい名称がいくつかでてきたので整理が必要である。最近はマルチ商法を「ネットワークビジネス」と言ったりするのでややこしい。私も実のところ、当初これらの違いをはっきり認識しておらず、混同していた。違いがわかったのは情報収集し始めてからである。

 ねずみ講とは、会員がねずみ算式に増加することによって、先順位の会員が、後順位の会員の出資金から自己の出資金以上の配当を受ける仕組みである。ねずみ講で思い出すのは、昭和42年に内村健一が設立した「天下一家の会」である。40年代に急激に広まり、被害者が全国的に拡大し社会問題化した。

  そして、昭和53年に「無限連鎖講の防止に関する法律」ができ、全面禁止となった。

ところがこの法律にも抜け穴があって、会員になることによって商品を安く買えるといった「役務提供型」を除いたために、昭和62年には国債を対象とするねずみ講「国利民福の会」が広がり社会問題化した。これについては翌年、規制対象を「金品(財産権を表象する証券又は証書を含む)」と法改正することで禁止されることになった。

  一方、マルチ商法とは「マルチレベル・マーケティング・プラン」(多階層販売方式)の略で、商品・権利の販売などの形態を取りつつ、販売組織会員の自己増殖による金銭の取得を目的とするアメリカ生まれの商法である。

 この商法は、形式上、商品の販売流通システムという形を取りながら、実は、他の会員のリクルート(募集や昇進)によって利益を得ることに主眼があり、そのために会員に過大な経済的負担を負わせる点に問題がある。

  リクルートを本質としている点では、ねずみ講と共通しているが、マルチ商法が商品販売組織で、ねずみ講が金銭配当組織である点が異なる。要するに商品が介在するかどうかが両者の違いであるに過ぎない。

 マルチ商法については、多量在庫を抱えるという被害が増大し、昭和48年頃から社会問題化していった。そこで同51年に「訪問販売等に関する法律」ができ、その中の「連鎖販売取引」の章でマルチ商法が規制されるようになった。規制といってもマルチ商法自体を禁止しているわけではない。ここでは商品の再販売(商品を次々と転売することによりマルチ組織を拡大していくこと)を規制対象としていたので、抜け道として「委託販売」・「紹介販売」という形態をとるものが増えてきた。また、初期負担額は2万円以上と規定されていたため、Club It'sのような2万円以下の脱法行為が行われ始めた。これらは訪問販売法の規制をかいくぐるものとして「マルチまがい商法」と呼ばれた。このマルチまがい商法も昭和63年の訪問販売法の法改正によって規制対象となったのである。(「消費者取引判例ガイド」参照)

 Club It'sの商品「It'sドリンク」のケースでは、紹介販売(販売の相手方を見つけ、販売の仲立ち・斡旋をすること)に当たるので、消費者センターの言う通り「マルチまがい商法」というのが正確な定義付けである。

  ちなみに「マルチ(まがい)商法」というのは俗称であって、法律的には「連鎖販売取引」という。

  このようにマルチなどの悪徳商法は、法規制をすればすぐ抜け道を考え、また新たな悪徳商法が生まれてきている。法律と悪徳商法は永遠のいたちごっこの繰り返しである。

 

13.マルチ(まがい)商法の違法性

  先に述べた通り、訪問販売法はマルチ商法そのものを禁止しているわけではない。従ってマリン君のようにマルチ商法に洗脳され、金儲けの亡者となり、友人を含め他人を食い物にしている人間はこの世にたくさんいるわけである。連鎖販売取引そのものを法的に禁止しなければマルチ商法の被害者(加害者)は決してなくならないだろう。

  では、訪問販売法におけるマルチ(まがい)商法の違法性はどのような場合に生まれるのだろうか。

 

 (ア)勧誘方法の違法性(訪問販売法第12条・独占禁止法第2条9項)

    @当該連鎖販売業に関する重要な事項につき、故意に事実を告げず、又は不実のこ   とを告げること。

   新規会員をリクルートする場合、そのシステムの問題点(破綻の必然性)や事後   の新規勧誘における困難性について説明する義務がある。また、契約の解除(ク   ーリングオフ制度)の説明義務もある。

  A一部の成功例だけを取り上げるといった誇張や虚偽の勧誘があること。連鎖販売   取引をすることにより「かならずもうかる」といった特定利益を収受し得ること   が確実であると誤解させるべき断定的判断を提供すること。

   B勧誘自体が組織的で演出されたものであること

      被勧誘者を集団催眠にかかりやすい状態に陥れ、被勧誘者の理性的判断力、思考   力が麻痺して勧誘者の説得に反論抵抗することが困難な状況を利用して勧誘する   こと。   

  C被勧誘者に勧誘の目的を一切告げずに説明会場に連れていくこと。

  D威迫する言動を交えた勧誘をすること。

  (イ)書面交付の義務(訪問販売法第14条)

     連鎖販売業を行う者はその契約を締結するまでに、その概要について記載した書   面をその者に交付しなければならない。

      書面には商品の種類、性能、品質、商品の再販・受託・斡旋販売についての条件、   特定負担(商品購入などマルチ組織に加入する条件となっているもの)に関する   事項、契約解除に関する事項等が記載されていなければならない。

  (ウ)その他

      Club It'sの商品「It'sドリンク」は、初回50兼りのボトル10本を購入する。   次回からはなぜか720兼りの濃縮ボトルに変わる。前者は栄養補助食品、後   者は清涼飲料水と銘打っていて、「栄養補給・美肌づくりを応援します」と曖昧な   効能が謳ってあるが、アトピーが治るとかアレルギー疾患に効果があると宣伝す   れば薬事法違反になる。

 

 実際、上記の事項を忠実に守って勧誘活動を行えば誰も入会しないにちがいない。訪問販売法のねらいはマルチ商法に厳格な規制をすることによって、実質的に禁止に近い規制をしようということであり、マルチ組織を開設・運営していくためには上記のような問題点を隠蔽して行わなければならないので、必然的に善意の第3者に欺瞞的な勧誘活動を行わざるを得ないのである。

  マリン君が東京でどのような勧誘のされ方をしたのか定かではないが、上記、違法性の要件をかなり満たした勧誘をされたのではないだろうか。

  また、一旦会員となり勧誘活動をする場合、当然、マリン君も訪問販売法の適用を受けることになり、その勧誘方法によっては違法行為と見なされ、処罰ないしは損害賠償の訴えを起こされる可能性がある。

  ちなみに、前述したマリン君の友人に対する勧誘行為の違法性「書面の不交付」では、罰金50万円以下、懲役半年以下と罰則は意外と重い。

 

14.クーリングオフ制度

 クーリングオフは、契約の申し込み後一定の期間、消費者からの無条件解約(申込みの撤回又は契約の解除)を認めようというもので、訪問販売・割賦販売などで、ついつい不要な商品の購入契約などをしてしまった場合の消費者の救済制度である。

 クーリングオフには一定の規定があり、訪問販売法によると

 

    @訪問販売など営業所以外の取引が対象であるが、キャッチセールス、アポイント   メントセールス、SF商法などの営業所においての取引も認められる。

    A一部の役務(サービス)や権利の取引についても適用される。

    B現金取引においても3,000円以上のものについては認められる。

    Cクーリングオフの告知は、赤字で赤枠内に記載することが義務づけられている。

      また、通達によりクーリングオフは必ず口頭で説明するよう業者指導がなされて   いる。

  クーリングオフ期間は、書面をもらった日、もしくは商品の引き渡しを受けた日のどちらか遅い方から起算して8日以内ならば無条件に契約を解除できる。しかも、連鎖販売取引(マルチ商法・マルチまがい商法)の場合、期間は20日以内(17条)と大幅に延長されている。

  この事実はいかにマルチ商法が人間の正常な判断力、思考力を麻痺させた状況で勧誘活動が行われているかということの例証である。まだ社会経験もない若干20歳のマリン君が容易にマルチ商法に洗脳されたとしてもそれは無理もない話である。

  クーリングオフの具体的方法は、書面によることが要件である。というのは口頭の場合、何の証拠も残らず「契約解除した」とか「してない」とかの水掛け論になってしまうからである。

 書面といっても普通郵便や葉書では、「送った」「送られてない」の、これまた水掛け論となる可能性がある。従って内容証明郵便(配達証明付き)か葉書での書留郵便が確実な契約解除の方法となる。

 

15.マリン君、退会へ

  マリン君は消費者センターのクーポン相談員との面談で、「マルチ商法は違法ではない」という自分の都合のいい点のみ私に報告した。当然のことながらマルチから足を洗う気もなさそうである。

  私はいよいよ最後の切り札を出した。前述したClub It'sのパンフレットにある一行、「会員登録できるのは20歳以上(学生を除く)の方に限ります」である。

  マルチ商法の欺瞞性、詐欺性、反社会性などについて十分理解しながらも、なおマルチ商法にかかわるとすれば、お金さえ手に入れば手段は選ばないという正に確信犯である。

  私はパンフレットの一行を読み上げ「マリン、ここに書いてあるように自分は学生だから元々会員になる資格はないわけだ。資格もないのに会員になっていることは無効でしょ。」そして「会員でもないものが他人を勧誘すること自体不正な行為になる」と追い打ちをかけた。

  経済企画庁の外郭団体「日本国民センター」が全国の消費者センターから集計した相談・苦情件数のデータがあり、数あるマルチ商法の中で最も相談・苦情が多い「日本アムウエイ」の販売員向け「倫理綱領・行動基準」にも、「20歳未満の人と学生はこのビジネスに参加できない」としている。

  しかし、ここにも社会の目を欺く巧妙な落とし穴があり、両者とも会員登録申込書に職業欄がないのである。日本アムウエイによると「販売員として登録するか否かの判断は、登録する本人が社会的地位を考慮して判断すべき」として責任逃れをしている。

  Club It'sの担当者も会員登録する場合「身分証明書まで提示してもらっていない」と言っているのだから実際上は、未成年でも学生でもなりふり構わず勧誘し、会員登録させているわけである。例え未成年や学生が会員となり、被害者または加害者となり社会問題になったとしても、会社側は「本人の自主申告に虚偽があった」と責任回避するに違いない。

  私はマリン君に葉書を渡し、パンフレットに掲載されてあるクーリングオフの書式に則って解約の手続きをするよう勧めた。マリン君は意外と素直に葉書に記入し、手続きを完了した。

 マリン君は当初、登録料3,000円と初回商品代16,800円の合計19,800円を東京で支払った、と言っていた。しかし、それは1プレ(自分一人)での費用であって、実際はより収入の多い3プレ(仮想の自分を二人、本当の自分の下に付ける)で登録していたのである。従って登録料3,000円×316,800円×359,400円を支払っていたということがここでの話し合いで新たに判明した。マリン君は毎月16,800円振り込めばよいと言っていたが、3プレとなると話は違う。なんとマリン君は学生の身分で毎月50,400円という大金を毎月支払う契約をしていたのだった。これでは新会員獲得に必死にならざるを得ないわけだ。

 クーリングオフの手続きを終了した時、私はマリン君に社会人となって会員登録できるようになったらまたマルチ商法をするのかどうか聞いた。「もうしない」と答えればマインドコントロールが完全に解けたことになるが、マリン君の返事は残念ながら「その時になって考える」であった。

 私はなんとかマリン君にクーリングオフの葉書を書かせるまでにこぎ着けた。しかし、これで一件落着ではない。マリン君が勧誘した友人、ダイコク君、イナバ君達の問題が残っている。私はマリン君に電話させ、ダイコク君のみ16日の夜、マリン君の家で会うということになった。

 

16.友人、ダイコク君来る                                                      

  6時半過ぎ、ダイコク君はやって来た。利発そうな好青年である。マリン君とマリン君の母親(私の姉)も同席した。私はダイコク君とは初対面なのでまず自己紹介から始めた。

  ダイコク君はかなり緊張していた。後からの話によると、またマルチの話だと思って嫌々ながら来たそうである。無理もない。

  私はマリン君が東京でマルチに洗脳され、こっちに帰ってダイコク君達を勧誘したこと、マルチ商法にはいろいろな問題があること、学生は会員登録できないこと、マリン君には退会の手続きを取らせたこと、ダイコク君達も退会の手続きを取って欲しいことなどをかいつまんで話した。

 ダイコク君によると、入会した翌日からイナバ君と二人で、お金が絡んでいるので「やめよう」と相談していたという。「学生は登録できないと知っていたが、マリン君から話を聞いたときは『おいしい話』だと思った。でも、やめるとマリン君に悪いと思い、言い出せなかった。」ダイコク君は安心したせいか、いろいろと心情を話してくれた。

  ダイコク君はマルチ商法に入会したことについて両親には知らせていなかった。また、友達を一人、マリン君とユーミンに紹介したということもわかった。その時、ダイコク君は横で「入らない方がいい」とアドバイスし、結局その人は会員登録しなかったという。彼はマリン君ほどマインドコントロールを受けてはいなかったせいか、冷静な判断力を持ち合わせていた。

 私はダイコク君の話を聞いて安心した。もし彼が完全に洗脳され、退会の意志が微塵もなければ、私は彼の両親と会うことも覚悟していたからである。

 前述したように、マリン君は勧誘に際し二人にクーリングオフの書面も渡しておらず、連鎖販売取引の有限性についても全く説明していなかった。マルチ商法自体は現在、違法ではないが、マリン君の勧誘行為には様々の訪問販売法に抵触する行為があった。       ダイコク君はクーリングオフの書面に従い、私が用意した葉書に登録解除の文面をしたためた。そして、マリン君の葉書と一緒に明日17日、姉が郵便書留で発送することになった。同時にマリン君の残っていた「ドリンク」も返品する予定だ。なお、その時点ではまだ、ダイコク君達に商品は届いていなかった。

  また、ダイコク君にイナバ君用の葉書とクーリングオフの書面をことづけ、二人のマルチ商法からの退会手続きは完了したのだった。

 最後に私は、マリン君がダイコク君達をマルチに誘ったのは、騙そうとしたのではなく、一緒に金儲けができると思ったからであって悪気はなく、これからも友達関係を続けて欲しい、とお願いした。

 

17.登録料・商品代の返金

 私が17日に(株)プレスティージの担当者に電話すると、登録料・商品代の返金は、商品と解約書面の両方が到着した週の翌週の火曜日に本人の口座に入金するとのことだった。となると返金は24日となる。また、商品は10本セットではあるが、1本単位で着払いで返品できるという回答を得た。 

  8月25日、マリン君からの連絡で、残っていたドリンク9本分(17,820円)と3プレの登録料(9,000円)の計24,120円がマリン君の銀行口座に振り込まれていることを確認した。差額の35,280円は、彼にとって勉強代と思えば安いものだ。

  ダイコク君達への返金は、商品が解約葉書と入れ違いにこちらへ届いたらしく、商品の返品が済んでから口座振り込みされることになるだろう。

 

18.ゾーエン君のこと

  ゾーエン君とは彼らがまだ高校生の頃、私もマリン君の家で一度会ったことがある。赤ら顔で身体のがっちりした青年だったような気がする。彼はこの間、優雅に家族と海外旅行中であった。

 私にとって彼はマリン君をマルチ商法に引きずり込んだ張本人であり、決して愉快な存在ではない。ダイコク君やイナバ君の退会のために私が微力ながら尽力したのも、マリン君をマルチ商法の加害者にしないためであった。

 しかし、ゾーエン君となるとマリン君を洗脳し、マルチ商法の甘い罠に誘い込んだ加害者的立場にいる。マリン君の周囲からマルチの誘惑を完全に排除しようと思えば、私がゾーエン君にも退会を勧めるべきだろう。と、思う。

  現に、マリン君がマルチを退会したあと自宅に着いた、彼の海外からの葉書には、「人が集まったか」とマルチの勧誘を煽る内容が書かれていた。

  ゾーエン君が旅行から帰った時、きっとマリン君に連絡を取るはずである。私はマリン君自身が願わくばゾーエン君を説得し、マルチ商法から退会させることを期待している。マリン君のゾーエン君への友情が本物であれば必ずそうするだろう。

 

19.最後に

 マリン君はダイコク君の話を聞いてどう思ったのだろうか?「やめたくてもマリン君に悪いと思い言い出せなかった…」というダイコク君の言葉は私の心にもグサリときた。マルチ商法とは何という卑劣な商売だろう。若者の純粋な友情でさえ平気で金儲けの手段にしてしまう。マリン君がダイコク君の傷ついた心を少しでも感じ取ることができれば、二度とマルチ商法には手を染めないだろうし、何よりもマリン君自身が救われるだろう。何しろマルチ商法とは人の気持ちを考えないことで成り立っているから。

  私の母(マリン君の祖母)は、マルチを退会してからマリン君の顔つきが元に戻ったと喜んだ。夜も眠れないほど心配していたのである。

  マリン君がアパートへ帰る日、姉は学校を卒業したらまたマルチをするのかどうか聞いた。返事は「もう気持ちが冷めた」であったという。マルチ関係の資料をすべてゴミに出し、マリン君は「ビジネスマン」からまた再び学生に戻るために帰って行った。

  こうして就職活動や勉強、父親の仕事のアルバイトなど、すべてそっちのけで夜遅くまでマルチの勧誘に狂奔していたマリン君の夏休みは終わった。

  マリン君が帰る前言った言葉「おじさん、いろいろとお世話になりました」が、私の心にささやかな救いとしていつまでも残った。

 

 

                               1999年8月27日午前4時